「ひとつが弾けると、全部がバラバラになってしまうものなんだ」
三田村昌鳳氏のサイトでジャンボ尾崎軍団のエピソードを拾う事が出来たそれを紹介したい。以下、東聰は、ジャンボ軍団に入ってから一度だけ、クビになりかけたことがある。もちろんジャンボ本人から「お前なんか出て行け」と宣言されたわけではない。東聰は、それでもひょっとするともう見捨てられてしまったかも……」の覚悟でいた。87’のブリヂストン・トーナメントのことだった。最終日、東は比較的スタートが早かった。
前日69のスコアを出して、この日の出来いかんでは、20位以内には楽に入れるかも知れないと期待したラウンドだったが、結局75を叩いて崩れた。優勝争いは、同じ軍団の尾崎建夫と直道だった。直道が追い上げて、一時は建夫を逆転して首位に立ったにもかかわらず建夫は、17、18番ホールと連続バーディを取って、このシーズンの初優勝を果たしたのである。好試合だった。東は、それより先にガックリと肩を落としてクラブハウスを去って行った。もちろん、建夫と直道の激しい戦いぶりは知らない。
ジャンボ尾崎が血相を変えたのは、建夫の優勝が決まる前からだった。
東が、先に帰ってしまった??ある意味では、それはさ細なこととして受けとめることもできる。しかし尾崎の意識は、全く逆だった。「何で帰ったんだ!」近くにいた飯合が驚くほど厳しい顔だった。「こんなにいい試合を仲間が見せてくれているというのに、それも見ないで帰るやつがあるか! あいつには向上心というのがないのか!」というのが、怒りの理由だ。その尾崎の言葉は、すぐに飯合から東に伝わった。それから東は、3度、尾崎の家を訪ねている。すれ違いで会えなかった。4度目に行ったとき、尾崎は庭で練習をしていた。深々と頭を下げる東に弁解はない。しかしそこでの尾崎は激怒している様子は全くない。むしろ一言一言、噛みしめるように東とふたりで話し合っている。
肌寒い晩秋の夕方であった。もう3時間も庭先で尾崎と東が、同じような風景のままでいる。「ひとつが弾けると、全部がバラバラになってしまうものなんだ」
東は、尾崎の言葉を聞いているうちに、不思議に自分の気持ちが抑揚して行くのに気がつていた。「こんなに僕のことを期待してくれているんだ」……そう思ったという。
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「今終わったショットはすぐ忘れて、次のショットへ集中すべし」
ゴルフはミスのゲームである。ボウリングのように300ピンでパーフェークトということがない。大事なのはミスをしたことを忘れること、気持ちを切り換えて次のショットに向かえと、この名言はいってるのだが、これがまた凡人には難しいものなのである。後悔は詮ないものと知ってはいながら、ふっきれないのが人間なのだ。
1923年米国生まれ。父親もプロで3歳でクラブを握り、19歳でプロ入り。
スコアは金では買えない。しかし、金で買えるスコアがあるとするならば それはクラブだ!と。ただし、クラブといっても、それはその人にぴったしフイットしたクラブであるという条件がついている。 ◆トミー・アーマーアマ時代に英米アマ対抗戦ウォーカーカップの英国代表、プロではライダーカップの米国代表にえらばれるという偉業もなしとげた。
ゴルフやる前に何か運動をやってたかである、つまりベースとして運動能力があるかどうかによっても、上達には差があることはいうまでもないだろう。 たとえば、誰もがプロになろうと思っているわけではないし、またなれるものでもない。リー・トレビノ 「 パットでのグットフィーリングだけはすぐに忘れるゴルフをプレーする人なら誰にも経験があることだろう。これはショットにもいえるが、パットほど顕著ではない。◆リー・トレビノツアー優勝27。メジャーも5勝。
「浮気ものはパットが下手!」読めば読むほど判らなくなる。その彼が、史上最高のパターの名手と言うのが、南アのボビー・ロック。彼の18ホールでの総パット数は、この1年間というもの、ただの一度も28打を超えたことがない」とある。 1947年から参加した米ツアーでは、2年半の短い期間に優勝13回、2位10回、3位7回。「浮気者はパットが下手!」(飯田章ゴルフのページより)