「スイングのバランスの中心」
頭はスイングのバランスの中心である。
もしそれが動けば、あなたのバランスも、スイングの弧も、体の運動も、そしてタイミングまで変えてしまうのだ。(ジャック・グラウト)
ジャック・グラウトは、ジャック・ニクラウスの少年時代からのゴルフ・コーチだった。
ジャック・ニクラス出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジャック・ウィリアム・ニクラス(Jack William Nicklaus, 1940年1月21日 - )は、アメリカ・オハイオ州コロンバス出身の世界的なプロゴルファーである。1960年代から1990年代にかけて活躍した。アーノルド・パーマーとともに、ゴルフをメジャースポーツにする牽引力となった人物である。圧倒的な強さと、トレードマークの金髪により「ゴールデン・ベア」(熊)と称され、日本では「帝王」と呼ばれた。彼は日本の新聞等で表記揺れが多く、「ジャック・ニクラウス」という表記も見られる。
メジャー大会優勝マスターズ・トーナメント:6勝(1963年、1965年&1966年、1972年、1975年、1986年) [大会歴代1位。1986年は最年長優勝]
全米オープン:4勝(1962年、1967年、1972年、1980年) [1980年に青木と優勝争いを展開] 全英オープン:3勝(1966年、1970年、1978年) 全米プロゴルフ選手権:5勝(1963年、1971年、1973年、1975年、1980年) 略歴1959年、1961年と全米アマチュア選手権のタイトルを獲得し、1962年にプロ入りする。同年の全米オープンがメジャー大会通算「18勝」の出発点であると同時に、彼のプロ初優勝でもあった。1966年の全英オープンで男子ゴルフ史上4人目の「キャリア・グランドスラム」を達成。前年の1965年に達成したゲーリー・プレーヤー(南アフリカ)に続く快挙であったが、その後2000年の全英オープンでタイガー・ウッズが達成するまで、34年間4冠達成者は現れなかった。
1980年の全米オープンでは青木功と4日間ともにプレーし、死闘を繰り広げた。(青木の2位入賞は、今なお日本男子ゴルフ界におけるメジャー大会最高記録である)1986年のマスターズで「46歳2ヶ月」の最年長優勝記録を樹立した時は、オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブに“Jack is Back”(ジャック・イズ・バック=ジャックが戻ってきた)の声が響き渡った。その他にも全豪オープンは6度(1964年、1968年、1971年、1975年、1976年、1978年)優勝した。1996年には、シニアツアーの四大タイトルもすべて獲得し、PGA、シニアツアー(現在はチャンピオンズツアー)の両方の四大タイトルを獲得した唯一の選手となっている。歴代優勝者の資格で出場を続けていたマスターズから2005年を最後に引退し、同年の全英オープンも彼の引退の場とするため、(予定より1年繰り上げて)セント・アンドリュースで開催された。マスターズの会場であるオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブには彼の功績を称え、銅像が建てられている。現在はPGAトーナメントの1つである「メモリアル・トーナメント」のホストを務めている。
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「今終わったショットはすぐ忘れて、次のショットへ集中すべし」
ゴルフはミスのゲームである。ボウリングのように300ピンでパーフェークトということがない。大事なのはミスをしたことを忘れること、気持ちを切り換えて次のショットに向かえと、この名言はいってるのだが、これがまた凡人には難しいものなのである。後悔は詮ないものと知ってはいながら、ふっきれないのが人間なのだ。
1923年米国生まれ。父親もプロで3歳でクラブを握り、19歳でプロ入り。
スコアは金では買えない。しかし、金で買えるスコアがあるとするならば それはクラブだ!と。ただし、クラブといっても、それはその人にぴったしフイットしたクラブであるという条件がついている。 ◆トミー・アーマーアマ時代に英米アマ対抗戦ウォーカーカップの英国代表、プロではライダーカップの米国代表にえらばれるという偉業もなしとげた。
ゴルフやる前に何か運動をやってたかである、つまりベースとして運動能力があるかどうかによっても、上達には差があることはいうまでもないだろう。 たとえば、誰もがプロになろうと思っているわけではないし、またなれるものでもない。リー・トレビノ 「 パットでのグットフィーリングだけはすぐに忘れるゴルフをプレーする人なら誰にも経験があることだろう。これはショットにもいえるが、パットほど顕著ではない。◆リー・トレビノツアー優勝27。メジャーも5勝。
「浮気ものはパットが下手!」読めば読むほど判らなくなる。その彼が、史上最高のパターの名手と言うのが、南アのボビー・ロック。彼の18ホールでの総パット数は、この1年間というもの、ただの一度も28打を超えたことがない」とある。 1947年から参加した米ツアーでは、2年半の短い期間に優勝13回、2位10回、3位7回。「浮気者はパットが下手!」(飯田章ゴルフのページより)